旧社名 (有)米澤神仏具製作所  
     
容子経歴容子日常生活容子日記
  ごあいさつ 2003年4月
 

 福祉制度により年金を頂き、介護保険を利用し訪問看護師さんやヘルパーさんに来て頂く事により自宅で生活出来ることに大変感謝しております。
 家族や周りの人々に支えられ、1日1日を大切に、明るく過ごさせて頂いております。
 お人様のお世話になるばかりで、何一つお返しは出来ませんが、このホームページを見て頂く事により、何か一つでも参考になれば幸いです。
 ご質問、ご意見、アドバイス等が御座いましたらメールにてお寄せ下さい。尚、保険の利く医療費・電動車椅子・電動ベッドは行政より支給、段差昇降機一部支給、その他、過去に症状に応じて色々な福祉用具を支給して頂きました。リフト及び全身用シャワーは支給額オーバーの為、自費購入。

  略歴・米澤容子
昭和23年8月16日 真宗大谷派横浜別院輪番 網田義雄・千代の長女として誕生               
   
昭和30年 横浜別院大谷幼稚園卒  
横浜国立大学付属小学校入学
昭和33年 父の実家、福井県三国町立雄島小学校に転校
昭和38〜41年 町立三国中学校卒・県立三国高校卒
昭和41〜44年 真宗大谷派正行寺京都道場へ家事見習いに入る
昭和44年10月19日 御同行の米澤正文と仏前結婚。上桂森下町に新居を構える  
 
 昭和46年3月16日 長女 希代子誕生
昭和47年6月16日 長男 正隆誕生。堀川六条の両親の住まいと入れ替わる
昭和48年9月17日 次女 寿代誕生
昭和50年 実父 68歳で逝去
昭和51年 リウマチ発症  
昭和58年5月 夫が真宗大谷派ハワイ別院へ納品の際同行(最初で最後?の海外旅行)  
昭和60年9月8日 実母 71歳で逝去  
 
昭和61年10月15日 義父 76歳で逝去
昭和62年7月 右肘の人工関節置換手術を受ける
昭和62年11月 膝・股関節悪化の為、車椅子生活に入る
平成元年9月 床ずれ手術、右膝、両股関節の人工関節置換手術を受ける
平成元年10月 神仏具会館購入の為、堀川六条の家を売却、上桂森下町へ住民票を移す  
 
平成2年12月 1年3ヶ月振りに退院
平成4年7月 転倒により右腕骨折、3日後胸膜炎発症の為入院
平成4年9月 胸膜炎治癒後、骨折手術をしたが、骨の接続が不十分のまま2ヶ月後退院
平成7年11月20日 義母 82歳で逝去  
平成8年〜3年間 ボランティア活動に参加  
平成9年8月 お尻の床ずれの細菌が、人工関節に感染し、両股関節の人工関節抜去手術を受け、立つ事も寝返りを打つ事も出来なくなる  
                           
平成9年10月 現在の家では退院しても日常生活が困難な為、夫が改築を決断する
設計にあたり、リハビリセンターの主治医・理学療法士・作業療法士・看護師のアドバイスを受け、設計士・工務店・娘達とで設計に取り組む
平成9年12月 義弟(稔)、東京より、病気のため帰宅、工房4Fにて療養。
平成10年3月 地鎮祭を行う。床ずれの手術  
平成10年7月 新居完成  
平成10年9月 1年1ケ月振りに退院
平成10年12月4日 長女希代子、新潟県南魚沼郡の真言宗醍醐派 成就院 後継者富所泰之氏と結婚。醍醐寺に勤務の為、当家にて同居
平成11年2月 床ずれの手術の為、5ケ月間入院
 
平成11年9月21日 長女第一子男児『拓心』誕生  
平成12年11月 急性肺炎の為、1ケ月入院  
 
平成13年4月 長女一家、新潟の実家・成就院に転居
平成13年6月 骨折していた右腕の骨が、皮膚を突き破った為、骨を削り肘の人工関節抜去。右腕使用不可能になる
平成14年6月15日 長女第二子男児『依生』誕生
平成14年7月22日 義弟 55歳で逝去
平成14年8月 介護用レンタカーにて、家族全員で新潟の富所家を訪問(2泊3日)  
平成16年4月18日 次女、滋賀県大津市 鈴木一弘氏と結婚
 
平成16年10月19日 長女(富所 希代子)第三児女児誕生(佳音)
平成16年12月26日 義姉 米澤園子(62)スリランカで津波に飲まれ逝去。
平成17年2月2日 リフト付き介護自動車を購入。
平成18年11月30日 足の親指化膿のため入院(リハビリィーセンター)  
平成19年2月24日 急に呼吸困難に陥り、市立病院に転院。検査の結果、末期と父子に宣告される。  
平成19年3月20日 自宅療養のため退院。
平成19年4月24日 次女(鈴木寿代)に第一子女児誕生(千晴)
このころより、医者と相談し薬を半分近くに減らしたところ奇跡的な回復を見る。
平成20年1月27日 孫(千晴)の初節句の祝いの品を買いに行く(最後の車での外出となる)  
 
平成20年3月4日 足のお親指が化膿したため、長男の結婚式(4月5日)までに直すため入院。
平成20年3月19日(水) 西京都病院において4時20分心不全のため逝去、59歳。
 
 
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